発病のきっかけ
幼少期に高熱を出し、中耳炎となったことが事が原因と推測され、小学校入学の際、健康診断で聴力の異常を指摘された。近隣の内科へ行くも、治る事は無く補聴器を使用しながら生活するほか無い旨を告げられた。その後は小学5年生頃まで同病院へ通院していた。その後は補聴器を調整しながら生活しており、2〇歳頃身体障害者手帳申請のために医師に聴力レベル測定のための検査を受けた。
継続した通院がないケースの申請で注意した点
以後は通院は無く、当事務所へ相談の直前に診察を受けただけであった。聴覚や眼の障害の場合、改善が見込めない症状も多く、医師の診察を受けていないケースが多く見受けれる。通院の必要が無いからだ。今回も同様のケースであり、昭和41年時の診断書の取得は当時の病院が廃院となっており、叶わなかった。また、身体障害者手帳診断書の写しを取ることもできず、学生時の健康診断の写しも、学校が統廃合しているため入手ができないという状況であった。しかし、補聴器の調整を同じ会社で行っていたため、補聴器カルテ(20代中頃の時点)を入手する事ができ、そこに中学生の時から装用、1歳の時に中耳炎と記載があったため、重要な資料として添付し、第三者の申し立てを3部用意し提出した。
不服申立ての申請
障害基礎年金の裁定請求は、初診日が分からないため不支給、審査請求も同様の裁決であったが、社会保険審査会に代理人として出席し、容認の結果を勝ち取る事ができた。同様の状態の聴覚や眼に障害を持つ方々が多くいらっしゃる事が推測されるため、当事務所としても実に意味のある裁決だった。